私市城 福知山市

私市(きさいち)地区へと由良川沿いの府道74号線(舞鶴綾部福知山線)を走る。由良川を渡る舞鶴自動車道が府道と高架で交差して、丘陵をトンネルで抜ける処の私市丸山古墳が有り良く知られている。此処より西方500m程:府道74号から私市地区を抜けて報恩寺~大江町へ抜ける府道(私市大江線)に入ると私市郵便局の手前で余り馴染みのない姓ですが、
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綾部市と福知山市の境界標識が立つ。ややこしい事にドチラも私市!!。其の昔は福知山市の一部と綾部市内が何鹿(いかるが)郡だった一帯。判り難い福知山市側の私市に大志万氏の私市城が在った。領地の大志万を姓とした・余り馴染みのない姓の土豪で、余り馴染みのない姓ですが、鎌倉期に関西の荘園を領して、
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多くの関東武士が来住したが大志万氏も其の武士団の一族だったのかも知れないが、市史には永享年間頃…の記載があるだけ、大島(大嶋)氏が大志万氏を名乗ったとも思えますが城史は不詳です。私市城も先日の報恩寺(ほうじ)城と同様、Web検索でも訪城記録がヒットしない超マイナーな城の様だが、共に遺構の曲輪や土塁・堀切が残り、主郭部には城主や一族を祀ったと思える墓碑が立つ。


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