宮本武蔵と源氏物語 明石市
須磨浦に近い明石市内には源平合戦の古戦場となり関連遺跡・伝承も多いところ。明石城と明石川・明石港に挟まれたような一帯に多くの寺社があり、川と海を濠・寺社を砦とする「惣構え」を意識したものか!!。明石城下の町割りを行ったのが剣豪:宮本武蔵。
彼は作庭も手懸けており善楽寺に其の武蔵の庭がある。都から須磨に蟄居させられていた源氏物語の主人公:光源氏を明石に呼び寄せ 自分の娘”明石の上”と妻合わせようとする明石入道 文学好きだった第5代明石藩主:松平忠国(丹波篠山藩から移封された)が建てた明石入道の碑や源氏物語関連の歌碑が善楽寺にある。
此処には平清盛を供養する大きな五輪塔が建ち・後方の垣根越しに無量光寺山門が見える。此の寺は光源氏が月見をしたという月見の松 また住んだという源氏屋敷? さらの源氏が”明石の上”?か 明石の上との間に生まれた子”明石の君”に逢う為、明石入道の持っている山の家岡辺の館(神戸市西区櫨谷)まで通ったという「蔦の細道」の伝承地もありました。源氏が”明石の上”のいる屋敷は無量光寺山門の目の前、わざわざ其処から外れる細道を通っとは思えず娘”明石の君”に逢う為に岡辺の館に向ったのなら明石川沿いの道!:無量光寺が源氏の館だったとは考え難いですが此れは物語…。

彼は作庭も手懸けており善楽寺に其の武蔵の庭がある。都から須磨に蟄居させられていた源氏物語の主人公:光源氏を明石に呼び寄せ 自分の娘”明石の上”と妻合わせようとする明石入道 文学好きだった第5代明石藩主:松平忠国(丹波篠山藩から移封された)が建てた明石入道の碑や源氏物語関連の歌碑が善楽寺にある。
此処には平清盛を供養する大きな五輪塔が建ち・後方の垣根越しに無量光寺山門が見える。此の寺は光源氏が月見をしたという月見の松 また住んだという源氏屋敷? さらの源氏が”明石の上”?か 明石の上との間に生まれた子”明石の君”に逢う為、明石入道の持っている山の家岡辺の館(神戸市西区櫨谷)まで通ったという「蔦の細道」の伝承地もありました。源氏が”明石の上”のいる屋敷は無量光寺山門の目の前、わざわざ其処から外れる細道を通っとは思えず娘”明石の君”に逢う為に岡辺の館に向ったのなら明石川沿いの道!:無量光寺が源氏の館だったとは考え難いですが此れは物語…。
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