野村城 加古川市
城廻りの播磨オフは加古川駅集合なので:集合時間までに井ノ口城(温泉”みとろ荘”が其の城址)と宗佐の厄神さん(宗佐八幡神社)が其の野村城跡とも云われ城跡案内も神社西裏手の倉庫側に立っていた。しかしホントの城の位置は神社裏から北方の延びる低丘陵上・西の谷を挟んで向かいに野村城の遺構がある。
前回に懲りて:丘陵西裾の民家側から取付いたが・何とも見覚えの地形。北に抜けたXX野村学園近く、諦め切れずに再度登り返してウロウロしていたのが此のあたりだった様な気がする?…桜の木々も蕾膨らみかけてピンクっぽい。中には白く咲き始め・ツツジの花も目立ち始めた藪の低山だけは彩を添える。
倒木の埋まる谷筋からも尾根筋にも踏み跡はある。前方に2m程の土壁が現れたら広い曲輪(幅25mx長さ50m程)をもつ主郭の切岸だった。土塁で囲われた曲輪・横掘、特に東西・南北に走る横掘りが二つの曲輪をわけ、二つの横掘りが会う箇所には閉塞土塁の遺構がある。堀底移動を抑える障子堀等がこの手の土塁!通路が土橋との認識しかないので、通路の要素が強い土橋に閉塞の名のある土塁には見た目同様に混乱します。それとも違った遺構を見誤ったかな…!!? (〃_ _)σ

前回に懲りて:丘陵西裾の民家側から取付いたが・何とも見覚えの地形。北に抜けたXX野村学園近く、諦め切れずに再度登り返してウロウロしていたのが此のあたりだった様な気がする?…桜の木々も蕾膨らみかけてピンクっぽい。中には白く咲き始め・ツツジの花も目立ち始めた藪の低山だけは彩を添える。
倒木の埋まる谷筋からも尾根筋にも踏み跡はある。前方に2m程の土壁が現れたら広い曲輪(幅25mx長さ50m程)をもつ主郭の切岸だった。土塁で囲われた曲輪・横掘、特に東西・南北に走る横掘りが二つの曲輪をわけ、二つの横掘りが会う箇所には閉塞土塁の遺構がある。堀底移動を抑える障子堀等がこの手の土塁!通路が土橋との認識しかないので、通路の要素が強い土橋に閉塞の名のある土塁には見た目同様に混乱します。それとも違った遺構を見誤ったかな…!!? (〃_ _)σ

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