大原邸 三田市
北神戸からの帰りにチエーン店「がんこ」に立寄った。いつもの気さくな店かと思ったら長塀に囲まれたお屋敷で重厚な玄関先に案内板が立つ。説明からは鎌倉時代の文永年中(1264-75)此地を領有し・紀伊国から来住した大原上野守宗隆が此の大原氏屋敷の先祖という。
大原城を築いた上野守宗隆の一人娘が喜志城主のもとに嫁ぎますが、ふとした事から不縁となり姫は戻されるが程なく父とも死別。父の菩提を弔う為・大般若経600巻を写経し、宗隆の念持仏「十一面千手観世音菩薩像」が安置されている
松養山青原寺で大原城の丘陵東並びに建つ。大土塁や切岸高い曲輪・堀切を持つ平山城の大原城よりも、山城として天神ノ尾城(未訪)の山裾に位置する近い天神ノ尾城主の居館?だったのかも?
大原城を築いた上野守宗隆の一人娘が喜志城主のもとに嫁ぎますが、ふとした事から不縁となり姫は戻されるが程なく父とも死別。父の菩提を弔う為・大般若経600巻を写経し、宗隆の念持仏「十一面千手観世音菩薩像」が安置されている
松養山青原寺で大原城の丘陵東並びに建つ。大土塁や切岸高い曲輪・堀切を持つ平山城の大原城よりも、山城として天神ノ尾城(未訪)の山裾に位置する近い天神ノ尾城主の居館?だったのかも?
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