貫主山城 神戸市北区

北神戸・三田の大規模スーパー+アウトレット近く西浦城の他にも貫主山城があった。貫主山城への取付き点に選んだ天満神社に由緒案内板があり「昔・此の村に住んでいた祇園左近太夫が、無数の梅ノ木が生え・一斉に開花するという霊夢を見て其の場所を社地として京都北野天満宮の御分霊を祀ったと言う」
                 主郭の西尾根側に続く4-5段の曲輪
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…貫主(神主)山城の名といい・祇園姓といい此処が祇園社(京都八坂神社)の社領で?、荘園管理の下司職にあったものが祇園姓を名乗って平安期~南北朝期頃に居たものか?。出自は不明ながら有馬甚五郎の居城ともあり、其の後:中世期に赤松有馬氏の有馬甚五郎なる人物が現れてきたものか?。
           主郭東の堀切と空掘
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遺構なしどころか・西浦城に残る低いが直立する切岸・曲輪は広くなく細長いが、尾根を挟んで大きな空堀状?が二つ。浅いが堀切もあり尾根東端は出曲輪と思える神社跡、貯水池になっているが屋敷跡らしい段曲輪…播磨守護:赤松氏の本拠地と京・丹波・摂津を結ぶ街道筋「赤松峠」も近い 


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