鳴岩城 福知山市
鳴岩城は下夜久野村史に月輪城として載せてあり、旦(だん)の地に居館を構え”旦ノ上”が其の山城か?。居館と”詰め城”セットで月輪山頂に月輪城が在ったという。旦(だん)・額田集落との境に位置する額田城は市遺跡地図に鳴岩城とある
額田川から東光寺:鳴岩城(月輪城居館と山城)
月輪山東光寺の境内か、更に集合墓地上の尾根先に広い平坦地が有り、中国寺院の塔?の様な建造物がR9号からも見える。此れは記念に建てられた展望塔の様だが既に「危険につき…」の注意書もあり厄介な存在になっているようです?。
断崖上の曲輪端に築かれる土塁線から牧川を望む
此処が月輪城(鳴岩城)主の居館”旦ノ上”なのかもしれませんが、広い削平地には城遺構など既に消滅…
しかし此処から山上の尾根先ピークに主郭を置く小さな城にかけては土塁・主曲輪の切岸・土橋付き堀切・帯曲輪を廻りこんだ先には
浅い空掘状にも見える帯曲輪の先は主曲輪に入る土塁虎口が待っている
土塁虎口まで設けられています。築城目的や時代・改修され使用されてきた城主等は不詳ですが、室町末期:足利13代将軍義輝:天文15~永禄8年(1546‐65)頃には武蔵国からの来住を伝える夜久相模守の居城と云われます。

額田川から東光寺:鳴岩城(月輪城居館と山城)
月輪山東光寺の境内か、更に集合墓地上の尾根先に広い平坦地が有り、中国寺院の塔?の様な建造物がR9号からも見える。此れは記念に建てられた展望塔の様だが既に「危険につき…」の注意書もあり厄介な存在になっているようです?。
断崖上の曲輪端に築かれる土塁線から牧川を望む
此処が月輪城(鳴岩城)主の居館”旦ノ上”なのかもしれませんが、広い削平地には城遺構など既に消滅…
しかし此処から山上の尾根先ピークに主郭を置く小さな城にかけては土塁・主曲輪の切岸・土橋付き堀切・帯曲輪を廻りこんだ先には浅い空掘状にも見える帯曲輪の先は主曲輪に入る土塁虎口が待っている
土塁虎口まで設けられています。築城目的や時代・改修され使用されてきた城主等は不詳ですが、室町末期:足利13代将軍義輝:天文15~永禄8年(1546‐65)頃には武蔵国からの来住を伝える夜久相模守の居城と云われます。



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