木津城 川辺郡猪名川町
兵庫県川辺郡猪名川町のWebに城址として紹介されている九ヶ所の内、阿古谷の西峰城(猪名川自然公園地域内にあって、猪名川グリーン・カントリー開発の為消滅した)を除けば、此の木津城と銀山城が「縄張り」の判りにくい城砦に思えます。多田の銀山城は一等?三角点と城山の名に釣られ、以前に登山の対象として出掛け山頂の曲輪だけ?の遺構で、よくわからないまま山を下りている。
木津城山尾根への分岐点にある土橋付き空堀状?一握りの都の大寺院や神社の所領となった荘園監視の古代の城から南北朝期以後、戦国時代へと群雄割拠の激動の時、土豪達が生死を賭けて守った領地と小さな城・其の戦いを避けて村人達が避難した”逃げの城”等々中世の山城を、山旅を通し再訪を始めたキャッスリングだが:小さな城には記録や手懸かりとなる文書・伝承も…発掘未調査に:遺構さえ定かでないものが多く、藪の中でヒッソリと地元に人達にさえ忘れ去られ、また土地開発や道路拡張等で消滅する例もある…
木津城比定地?の段曲輪?木津城は戦記物に登場する”万善砦”が是に推定されており?地元にも城があったと伝えられるのだが明確な城遺構がなく:城域と思える山上に曲輪と思える平坦地以外に遺構らしいものをみない。しかも猪名川町内の城遺構には外に類を見ない遺構?が木津城山麓に見かけた。土橋付き空堀状の通路、砂防用堰堤や炭焼き窯ではなさそうな石積み・竪土塁状はなんだったか…?城址と云われながら訪ねても城遺構さえ明確でない山城、一方では未走破の尾根上に土塁・堀切・竪堀・切岸加工された曲輪…と山城の特徴と魅力を兼ね備えた新発見の山城にも出会る。優れた縄張りをもつ有名武将の山城へ構えて出掛けるのも遺構さえ崩れ・気付かず通り過ぎてしまいそうな無名の砦に佇むのも”キャッスリング”の楽しみ‥

木津城山尾根への分岐点にある土橋付き空堀状?一握りの都の大寺院や神社の所領となった荘園監視の古代の城から南北朝期以後、戦国時代へと群雄割拠の激動の時、土豪達が生死を賭けて守った領地と小さな城・其の戦いを避けて村人達が避難した”逃げの城”等々中世の山城を、山旅を通し再訪を始めたキャッスリングだが:小さな城には記録や手懸かりとなる文書・伝承も…発掘未調査に:遺構さえ定かでないものが多く、藪の中でヒッソリと地元に人達にさえ忘れ去られ、また土地開発や道路拡張等で消滅する例もある…
木津城比定地?の段曲輪?木津城は戦記物に登場する”万善砦”が是に推定されており?地元にも城があったと伝えられるのだが明確な城遺構がなく:城域と思える山上に曲輪と思える平坦地以外に遺構らしいものをみない。しかも猪名川町内の城遺構には外に類を見ない遺構?が木津城山麓に見かけた。土橋付き空堀状の通路、砂防用堰堤や炭焼き窯ではなさそうな石積み・竪土塁状はなんだったか…?城址と云われながら訪ねても城遺構さえ明確でない山城、一方では未走破の尾根上に土塁・堀切・竪堀・切岸加工された曲輪…と山城の特徴と魅力を兼ね備えた新発見の山城にも出会る。優れた縄張りをもつ有名武将の山城へ構えて出掛けるのも遺構さえ崩れ・気付かず通り過ぎてしまいそうな無名の砦に佇むのも”キャッスリング”の楽しみ‥



この記事へのコメント
PC故障で10日程か? HPやブログ更新出来ず留守にしており、返事が遅れ申し訳ございませんでした。八尾の甚吾さんも山城オンリーで、丹波市の高見城の北尾根城塞群に石垣の居館と尾根続きの支城にも遺る石積みや、北播磨の森本城や野間山城を案内しました。
木津城は城砦群の常識外?、城遺構が山上部の削平段以外は判り難く、万膳砦は見張台としてなら一本松山(屏風岩・道の駅向い)に在ったのかも?と思いました!!。猪名川町よりは宝塚市側の三蔵山城とは尾根続の今井岳にも、浅い堀切(空堀状)を遺す城址が在りますが行きましたか?。ゴルフ場は墓地公園になって、愛宕山城同様に訪城は楽になっている様ですね?。