福泉寺城 篠山市

福泉寺跡と福泉寺城は小金ヶ岳への登山ルート途中にあるが此処を目的に登る奇特な人は少ない!・多紀アルプスの三山(西ヶ岳・御嶽・小金ヶ岳)は露岩・岩尾根を辿るアルペン気分と展望が楽しめ、標高は御嶽(1等 798m)に負けるが小金ヶ岳は人気の山。多紀アルプスの大タワを越える県道301号線から小金ヶ岳へ、
        現状:城域中央部の低土塁曲輪
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唾市ダムから、小金口登山口(福泉寺跡案内板がある)から・大タワ手前のヘアピンカーブのコーナーから(小金ヶ岳への道標と”クマ出没注意”の目撃情報の丹波県民局の記事が掲げてある)…の三コースが整備された登山道を辿り、福泉寺跡と福泉寺城に向かうのに利用されるのが良いでしょう。
        土橋付き大堀切
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吉野の大峰山修験道が衰微していくなか、隆盛を極める御嶽修験道の一道場として建てられた福泉寺ですが、大峰勢の来襲に備えて福泉寺の僧兵(山伏)によって築かれたと思われるのが福泉寺城です?。堀切や土塁・腰曲輪等の遺構は戦国時代に改修されたものと考えられるが・いずれにしても不明点は多い。
    珪石採掘場跡沿い曲輪内の空堀状(空堀道?)
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「丹波志」に文明14年大峰修験の僧兵300余の勢力が遠路:丹波に来襲・其の攻撃を受け、多紀連山の山岳寺院は尽く焼失して丹波御嶽修験道は滅んだといわれます。福泉寺の前面に築かれた福泉寺城が来襲に備え築かれたものか?・また此処で戦いがあり機能したものか?…僧兵僅か?300の僧兵に丹波修験の勢力は!?…余りの腑甲斐無さに…其の真相を知りたいところだが…不詳…

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