小山城 三田市

R176号広野から東へ県道308号で千丈寺湖(青野ダム)・青野記念館側の駐車場に入る。「青野ダム記念館」には出土した須恵器や須恵質の陶棺(昭和26年:青野川右岸台地・東山の古墳から出土している”県指定文化財”)等が常時展示される。当地は陶部(すえつくりべ)が住み着き「須恵ノ邑」となり後:「末」の字が宛てられたと云われ縄文時代から人々の往来があったところ。
        土橋付堀切
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末(須恵や陶<すえ>)が示すように千丈寺湖周辺には古墳や多くの窯跡が発見されている。千丈寺湖の東方に花山院・北方に千丈寺山や青野城の尖峰・南東には有馬富士の頭が見える。千丈寺湖へは青野川が丹波(篠山市)へ峠越えで抜ける街道沿いに母子(もうし)から千丈寺山の東麓を経て流れ込む。
       土橋の先に突出す様な幅狭い土塁虎口が開く
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西方には乙原からの黒川が合流する地点にあって、志手原を経て摂津・川西や宝塚へ通じる街道が三田を結び千丈寺湖に影を映す小山(標高270mの点名:加茂)山上に在った加茂小山城は此の黒川・青野川沿い街道監視の城砦だが築城時期や城主等城史は一切不明
         主郭東面:帯曲輪の切岸
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尾根上の長い緩斜面が続く南郭には土橋付き堀切と土塁虎口を持ち、最高所の主郭はグルリと鉢巻状に数段の帯曲輪が捲く。南郭から主郭に入る個所も西面の帯曲輪に入る入口には土塁虎口・帯曲輪には低土塁が延びる。
      西の帯曲輪・左端に10数m低土塁
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尾根中央東寄りに折れて一段上の曲輪に乗る虎口!。主郭西南部・東南部の曲輪も切岸は高くないが明確。他は雑木と藪と荒れた平坦地形には、曲輪段差や空堀地形等の城砦遺構も崩壊地形か、崩れ埋もれてか曖昧になっている。


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