禄庄城 篠山市

JR篠山口駅からスタート出来る歴史と自然のハイキング道大沢ロマンの森がある。酒井党については佐幾山城を参照してください。八幡神社がスタート地点で禄庄城・大沢城の縄張図と簡単な説明板が立つ。
      八幡神社からスタート(正面登山道)
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JR篠山口駅から間近の丘陵上に同心円状に曲輪を重ねる輪郭式構造をもつ禄庄城があり、尾根続き南には初田酒井党の主城で若き城将:酒井勘四郎の大沢城・味間へ抜ける北方に新興宅地開発で削られた?尾根先の佐幾山城(砦!)へ周回出来る。
     禄庄城の輪郭北東部の塹壕か?空堀土塁状窪地
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三つの城を繋ぎ登山+キャッスリングを楽しむ散策道があるが、大沢城から火とぼし山を経て松尾山(高仙寺城)~白髪岳(丹波富士)への登山コースも眺望よくお奨め。八上城が望める”火とぼし山”も篠山盆地の見張り台であったと思われます。禄庄城と火とぼし山分岐点で谷筋を渡り上り返す谷出口付近の平坦段は城主:杉本氏の山城屋敷跡?。15〜16平方の円状山頂部の主曲輪を軸に、
    禄庄城の主曲輪 
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周囲を三重・四重の小曲輪・帯曲輪が囲む。南尾根続きは小規模な段曲輪だが尾根筋にも堀切はないが三ヶ所程には竪堀も観る。天正6年(1578)酒井勘四郎の家臣:杉本山城守与右衛門・石野久兵衛等が禄庄城に拠って明智勢を迎え撃つが所詮は多勢に無勢、降伏の勧告を受けた勘四郎は杉本氏・石野氏を使者に立て、戦いを解いて城を降りる事を指示。自らは松尾山の高仙寺城に入った様だが、八上城落城後は光秀に降り山崎の合戦では大津瀬田で討死した…と。


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