西宮震災記念碑公園 2015年

今年もまた1・17兵庫南部地震による震災犠牲者追悼のメモリアル・デーに例年通り、早朝田舎で息子の墓参後に満池谷に在る西宮震災記念碑公園を訪れ犠牲者追悼碑に献花・記帳する。被災した家族・遺族の思い・其の犠牲の代償から得た教訓・防災意識については、歴史の片隅に残す事なく伝え・継承していく事、全国で発生している地震・津波・風水害・豪雪等の自然災害に対して、ボーイやカブスカウトの本にも記されている”備えよ・常に”を防災意識としても持ち続け風化させてはならない事を強く感じます。
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当初”兵庫南部地震”の呼称は「阪神・淡路大地震」が一般名称になった。この名と「神戸」が他地方には関心度もあり・再認識されるのならと思うが…、あの震災の記憶を・教訓を風化させないためにも「名に拘る必要」はさらさらないが…!!。大きな被害は少なかった大阪”阪”と、大火災により被害の悲惨と甚大さを伝えるメディアの神戸主体”神”・震源地の淡路は勿論ですが、被災地は明石・宝塚・伊丹・西宮・芦屋・尼崎へと兵庫南部全地域に及ぶ兵庫県南部地震であった事を…”熱し易く冷め易い”実際に災害に直面しないと忘れ易いのか、反対に忘れてしまいたいと思うものなのか?
ところで…当初:鳴尾浜?で開催された西宮市犠牲者追悼式以降、甲子園・アミティホール・満池谷墓地公園は慰霊碑序幕を兼ねたものとして、次ごう4回開催されて以後・追悼式の案内状は届けられることもなくなった。以後も”節目節目に行う…”と云われてきたが、震災10年も・15年目も節目ではなかったが…故人17回忌にも慰霊祭はなく、打ち切られたまま・…今年は20年の節目?を迎えた。
指定避難場所(救出されたのが遅く此処にも行けず・好意で空けてもらった○施設にお世話になったが)の学校では福井県?方面からの雪が運び込まれて犠牲者追悼の”雪だるま”や雪の滑り台等が作られていた様!??…11時頃には殆ど溶けかかっていた様だ。今日も寒い日だったが当日の様に雪が舞う事も無かったが冷たい雨が降っていた。
市が今年は市民会館アミティホールで「阪神・淡路大震災20年 西宮市犠牲者追悼式」を開催する事を当日:西宮市に来て知った。”あらためて犠牲者の方々を偲び、哀悼の誠を捧げるとともに震災で得た貴重な教訓を次世代に継承し、災害に強いまちづくりを進めていくために新たな決意を誓うものです…?”との内容には、今までの経緯からして誠意が見えてこない
 
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被災当日の行政の対応、遺族・遺体処置対策もなく、指定避難場所にさえ収容叶わぬままに・当初より自助努力を押し付けられ、県外疎開者に対し何の援助や通信連絡・対応もないままに、住所を知らせても復興ニュースが一括して送られてきただけ。西宮市だけではなかったのかも知れませんが?!!。さらに今回(震災20年)の追悼式案内もない。西宮市の戻った際の転入・丹波市への転出も、毎年満池谷の追悼之碑に詣り記帳も記しているのに?…、 ”神戸市の1.17のつどい”の案内ハガキや、今回も(昨年末に)○新聞社からの震災に対するアンケート(今までも何回かアンケート等意識調査書は送られてきている)があり、1月9日付の記事内・遺族アンケートの自由記述内容が掲載されており、当日紙面が送られてきていた。7-8年前?には自宅(Uターン先)に△新聞社の取材も受けていたが、市役所対応は・県外疎開のとき同様・転出者に対して、市内震災被災者名簿が無くとも・慰霊碑名簿?や追悼行事の記帳表との対比等で案内状送付名簿は出来そうに思えるが・・、9:30~開催の時間に間に合っても、記帳の際:市外・県外者は少ない筈だが市の開催する追悼式!!の案内も・それを示す表示もまかった。
被害も犠牲も無く被災地へ救援活動された近隣の市町が・震災犠牲者追悼行事を続けられている中で、西宮市は・たった一度・此の日だけの催しに、訪れる震災犠牲者追悼の被災家族に対する慰霊碑への献花準備さえ打ち切って久しい。しかし西宮市職員労働組合員の募金・カンパ、市民からの浄財で今回も当日は職員のボランティアで、記帳所が設けられ、此れまでの献花の白菊が用意されてきました。再言になるが、西宮市当局が此の震災メモリアル(1・17)を期に震災を伝え・
   満池谷墓地公園傍のニテコ池(松下幸之助邸も池畔に建つ)
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今後の起こりえる未曾有の天災に対し防災意識と対策に取り組む心構え・決意の証としても市による献花等の再開は望ましいと思えるのだが…‼。決して風化することの無い被災家族の想いについて、其の犠牲の代償に得た筈の教訓。1.17追悼行事を契機として・防災意識を強めて多岐にわたる計画・実践・見直し…等を積み重ねていって欲しいもの。

満池谷の西宮震災記念碑公園へは毎年、献花・記帳に訪れているが
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