弘誓寺「...孤舶釣月」墓碑 篠山市

R176号の大山下から舞鶴自動車道下を抜け県道97号を東に進めば宮田の篠山市西紀支所に着く。すぐ近くには西紀シャクナゲ園・佐仲ダム・丹波市の国領へ超える峠分岐を左に見て下板井の二宮神社から弘誓寺(丹波市春日町の三尾山城主赤井幸家の菩提所)に向かう。
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天台宗比叡山末:三尾山弘誓寺表札の掛かる山門の北から健康と福祉の里大師山遊歩道”がはじまる。御光ヶ嶽(向日山 萩谷山頂)から南への尾根筋を、途中:鞍部に在る配水所?無線中継施設を抜けて南入口の西紀庁舎に近い光照寺・五葉松のある天満宮の傍まで通じる遊歩道は四国八十八ヶ所ミニ霊場の巡拝参道で弘誓寺山門北を一番としてはじまる。遊歩道は切幡寺大師堂を経て尾根筋に出る付近・数基の古墳群がある様だがよくは判らず未確認。
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巡拝ルートを外して尾根筋を北に進むと西谷城を経て最高所の南谷山(点名:西谷3等三角点375m)に至る。西谷城(南谷山頂に城址はない)については後日のブログで紹介。弘誓寺はJR篠山口駅近く槇ヶ峰の北麓・宇土観音にもあるが此処は大化年間(645-650)法道仙人の創建と云われ・大同3年(808)天台宗の開祖・伝教大師により中興されたと伝えられる山号:三尾山弘誓寺弘誓寺はJR篠山口駅近く槇ヶ峰の北麓・宇土観音にもあるが此処は大化年間(645-650)法道仙人の創建と云われ大同3年(808)天台宗の開祖・伝教大師により中興されたと伝えられる山号:三尾山弘誓寺
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文治4年(1188)焼失したが観音信仰に厚かった三尾山城赤井刑部幸家黒井城主:荻野〈赤井〉直正の弟)により天正年間初期?に再建されたと伝えられ、幸家寄進と云う涅槃図(市指定文化財)や、城中で祀っていたという大日如来座像が残され境内には法名”孤舶釣月…”の墓碑が立つ。赤井幸家の居館:国領城跡の流泉寺境内にも”孤舶釣月”銘の小さな墓碑が祀られています。


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