蟠龍庵 篠山市
飛の山城大手道?から妙見堂の分岐を富山弁財天へ降りてくると目前が「東岡屋交差点」。西町から二階町へと市街地に向かう権現山南山麓を総合庁舎・篠山警察署方面(県道301号)側へ左折すると富山保育園・蟠龍庵前の広場!・駐車場。青山氏の「無紋銭」弘化4年(1847)の銘から5代目青山下野守忠良による改修時の鬼瓦が残され、蟠龍庵のセンダンも紹介しています。
富山弁財天篠山藩青山家の菩提寺蟠龍庵(臨済宗・本尊 釈迦牟尼如来)。藩祖:忠成公は家康の信任が厚く・青山宿を与えられ関東総奉行として次の忠俊公は武蔵国(埼玉県)岩槻城主で将軍家光の養育役としても名高く、子の青山宗俊(蟠龍院殿)も父の改易除封により不遇の生活を送ったが後・御書院番頭・大番頭・信濃国(長野県)小諸城主と昇進し大阪城代を長年務め延宝6年(1678)8月遠江国(静岡)浜松五万石に転じ翌年2月76歳で没している。
其の後忠重公の転封によって亀山(亀岡市)に移され・更に寛延元年(1748)忠朝公が篠山へ国替えになった際、 前城主形原松平家の菩提所光忠寺跡のこの地に移建されたものです。青山家累代の廟所や元藩主・松平家所縁の阿弥陀堂等が残存している。松平氏8代で始まった篠山藩だが其の後:青山氏6代に続く。
諏訪神社その青山氏の菩提寺蟠龍庵が篠山城築城時の候補地の一:飛の山城(岡屋城)の東南山麓にある。飛の山城の西北山裾に廻ると諏訪神社があり篠山藩青山氏4代目:忠裕に所縁の「負け嫌い稲荷」の一:飛の山三四郎稲荷があり、此処からは古墳めぐりで飛の山城(岡屋城)の権現山へ散策コースが整備されています。
富山弁財天篠山藩青山家の菩提寺蟠龍庵(臨済宗・本尊 釈迦牟尼如来)。藩祖:忠成公は家康の信任が厚く・青山宿を与えられ関東総奉行として次の忠俊公は武蔵国(埼玉県)岩槻城主で将軍家光の養育役としても名高く、子の青山宗俊(蟠龍院殿)も父の改易除封により不遇の生活を送ったが後・御書院番頭・大番頭・信濃国(長野県)小諸城主と昇進し大阪城代を長年務め延宝6年(1678)8月遠江国(静岡)浜松五万石に転じ翌年2月76歳で没している。
其の後忠重公の転封によって亀山(亀岡市)に移され・更に寛延元年(1748)忠朝公が篠山へ国替えになった際、 前城主形原松平家の菩提所光忠寺跡のこの地に移建されたものです。青山家累代の廟所や元藩主・松平家所縁の阿弥陀堂等が残存している。松平氏8代で始まった篠山藩だが其の後:青山氏6代に続く。
諏訪神社その青山氏の菩提寺蟠龍庵が篠山城築城時の候補地の一:飛の山城(岡屋城)の東南山麓にある。飛の山城の西北山裾に廻ると諏訪神社があり篠山藩青山氏4代目:忠裕に所縁の「負け嫌い稲荷」の一:飛の山三四郎稲荷があり、此処からは古墳めぐりで飛の山城(岡屋城)の権現山へ散策コースが整備されています。



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