四ノ山砦 Ⅱ 丹波市
日本一低い谷中分水界のある「水分れ公園」起点に向山連山を目指す登山者はゴールデンウイークを前に急増。登山コース途中・各所にある岩の展望台からの眺望も楽しみの一つだが・連山縦走尾根上に見るヒカゲツツジの群生が見頃となる
四ノ山を過ぎて…ヒカゲツツジの間から望む黒井城と千丈砦石楠花と同種のヒカゲツツジ。淡い黄緑色の花を咲かせ、コバノミツバツツジの淡いピンクの花と相俟って、厳しい登行の疲れを癒してくれます。三ノ山山頂から四ノ山へは一旦鞍部へ下る・其の途中で初めてヒカゲツツジを見る。
四ノ山山頂付近の段曲輪山頂部”四ノ山”の案内標柱が立つ平坦地形が主郭・其の西約70m手前に虎口曲輪らしい平坦段もあり、氷上盆地側の高見城から穂壺城への尾根筋・加古川沿いが展望できる。城域に入った北の下る尾根筋に二段程曲輪段がある。
四ノ山砦西端の虎口曲輪!?黒井盆地西の玄関口付近・石才へ下れば朝日城は間近。北西の丘陵尾根にある野山城も赤井才丸(後:黒井城主:荻野直正)の城。四ノ山砦(四ノ山)は氷上町から黒井盆地春日町の入口は東西僅か400m程の要衝は要害ともなる。
主郭南下部:腰曲輪からの竪堀!?石才付近:歌道谷船城神社の神体山”天ヶ嶽”が四ノ山だが砦遺構は遺跡地図・丹波市資料にも記述はない?…が京都丹波のXX市?資料には砦!等記述があるらしく四ノ山砦(天ヶ嶽砦)と仮称する。主郭東下部の堀切で城域は切れる。
四ノ山山頂:主郭東面の低土塁赤井・荻野一族関連の城砦群が明智軍の丹波黒井城攻め包囲網・向城群の一つに改修されたものか…!?。眼下に朝日城・黒井盆地正面に黒井城・千丈砦…等黒井城城砦群を登山者が望むコースとなる四ノ山だが、段曲輪や尾根左右の腰曲輪・まして
主郭から東下部への段曲輪山頂部のL字状低土塁や南側下部曲輪から落ちる竪堀も気付かれないまま・打ち捨てられたような四ノ山砦の小城砦遺構です。柏原八幡城に本陣を移した明智方にとって直接黒井本城の見張所、南側:指呼の間にある清水山経由で其の尾根筋末端部の柏原八幡城(本陣)へ黒井城の動向は即座に伝達可能位置にある。

四ノ山を過ぎて…ヒカゲツツジの間から望む黒井城と千丈砦石楠花と同種のヒカゲツツジ。淡い黄緑色の花を咲かせ、コバノミツバツツジの淡いピンクの花と相俟って、厳しい登行の疲れを癒してくれます。三ノ山山頂から四ノ山へは一旦鞍部へ下る・其の途中で初めてヒカゲツツジを見る。
四ノ山山頂付近の段曲輪山頂部”四ノ山”の案内標柱が立つ平坦地形が主郭・其の西約70m手前に虎口曲輪らしい平坦段もあり、氷上盆地側の高見城から穂壺城への尾根筋・加古川沿いが展望できる。城域に入った北の下る尾根筋に二段程曲輪段がある。
四ノ山砦西端の虎口曲輪!?黒井盆地西の玄関口付近・石才へ下れば朝日城は間近。北西の丘陵尾根にある野山城も赤井才丸(後:黒井城主:荻野直正)の城。四ノ山砦(四ノ山)は氷上町から黒井盆地春日町の入口は東西僅か400m程の要衝は要害ともなる。
主郭南下部:腰曲輪からの竪堀!?石才付近:歌道谷船城神社の神体山”天ヶ嶽”が四ノ山だが砦遺構は遺跡地図・丹波市資料にも記述はない?…が京都丹波のXX市?資料には砦!等記述があるらしく四ノ山砦(天ヶ嶽砦)と仮称する。主郭東下部の堀切で城域は切れる。
四ノ山山頂:主郭東面の低土塁赤井・荻野一族関連の城砦群が明智軍の丹波黒井城攻め包囲網・向城群の一つに改修されたものか…!?。眼下に朝日城・黒井盆地正面に黒井城・千丈砦…等黒井城城砦群を登山者が望むコースとなる四ノ山だが、段曲輪や尾根左右の腰曲輪・まして
主郭から東下部への段曲輪山頂部のL字状低土塁や南側下部曲輪から落ちる竪堀も気付かれないまま・打ち捨てられたような四ノ山砦の小城砦遺構です。柏原八幡城に本陣を移した明智方にとって直接黒井本城の見張所、南側:指呼の間にある清水山経由で其の尾根筋末端部の柏原八幡城(本陣)へ黒井城の動向は即座に伝達可能位置にある。
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