石龕寺もみじまつり 丹波市
昭和63年に村興し事業の一環として実施されてきた”石龕寺もみじまつり”も2017年11月19日:第28回目を迎え丹波市市長を足利尊氏役に・嫡男義詮(よしあきら)・京を追われた尊氏親子を迎え入れた久下氏一族だが…
地区コミュニティーセンターで出立前<今年初お披露目と当初からの新旧手造り甲冑武者>此処では戦勝祈願した尊氏親子が、戦勝の御礼参りに石龕寺までの3km程の行程を、久下一族を率いて参詣する武者行列…石龕寺檀徒の山伏が先導を務め、最奥の毘沙門堂への参詣後は奥の院への入口部広場で例年護摩供養が行なわれる。
コミセンからの馬上スタート・手前の旧役場に道路元標が立つ例年:旧延喜式山陰道(県道77号)石龕寺道入口にある日吉神社からスタートするが、今年はスタート時間や一部コースが変更されていたよう。種々イベント会場となっている農協前の仮設ステージで武者行列参加者等の紹介後は歩行で:もう一方の石龕寺への入口道路元標の立つ小川地区コミセンへ・・・
丹波栗「手打ち栗やテラウチ」もある?栗園前を通過尊氏父子役は此処:コミセンに控えている馬の乗って出立する。例年以上に行列への参加者は多いと聞いていたが!!。今年はダンボール製甲冑製作にチャレンジされた4名(優先的に?参加資格あり)と指導に応られた黒井城甲冑隊の3-4名、柏原藩織田まつりにも時々!?参加されている播州法螺の会の皆さんが参加。
石龕寺惣門を入ると紅葉のトンネル<例年少し遅い…が>しかし武者行列も、少年武者・緋色の壺装束(旅装束)「市女笠に虫の垂れ衣」<合ってるかな?>姿で歩く少女達の姿が無くて拍子抜け。華やかで賑賑しくなる筈のパレードは寂しい限り。子供達は疲れるから…!!?と1.5km程先の休憩まで先に車で移動しているとか…!!。
三門(三門・仁王門)前で下馬・徒歩で毘沙門堂へ・尊氏役と石龕寺住職それでなくても”祭り”のメインは尊氏武者行列とおもっているが、長い行程に付いて行く見物客は少なく、石龕寺惣門(石柱)から三門(山門・仁王門)の間でカメラマン等が到着を待つ程度!!。本来付随して実施されている”農協まつり?”がお株を奪われ、長年続く折角の武者行列だが此の先ジリ貧の感…?
石段を登れば毘沙門堂:此処の紅葉は上からの俯瞰が素晴らしい…NHKの大河ドラマで太平記<平成3年放送>が放映された時は、主演俳優○氏が尊氏役で”祭り”に参加され、随分と盛上がりを見せていた筈だが…
茅葺屋根の民家も点在する石龕寺道の行程中には県指定史蹟の町石・栗作郷を彷彿させる栗林も目立つ。終端近くには大粒の丹波栗代名詞「てらうち」の栗園も。此処では足利父子ゆかりのて手打ち栗も植樹されているのだが…?、
散り紅葉の参道<正面の仁王門に国宝の金剛力士立像が収まる>
過去の石龕寺もみじまつり 関連ブログ ↓
2016年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/201611article_12.html
2015年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/201511article_12.html
2014年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/201411article_17.html
2013年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/201312article_24.html
2011年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/201111article_13.html
2010年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/201012article_5.html
2009年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/200911article_10.html
2007年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/200711article_18.html
地区コミュニティーセンターで出立前<今年初お披露目と当初からの新旧手造り甲冑武者>此処では戦勝祈願した尊氏親子が、戦勝の御礼参りに石龕寺までの3km程の行程を、久下一族を率いて参詣する武者行列…石龕寺檀徒の山伏が先導を務め、最奥の毘沙門堂への参詣後は奥の院への入口部広場で例年護摩供養が行なわれる。
コミセンからの馬上スタート・手前の旧役場に道路元標が立つ例年:旧延喜式山陰道(県道77号)石龕寺道入口にある日吉神社からスタートするが、今年はスタート時間や一部コースが変更されていたよう。種々イベント会場となっている農協前の仮設ステージで武者行列参加者等の紹介後は歩行で:もう一方の石龕寺への入口道路元標の立つ小川地区コミセンへ・・・
丹波栗「手打ち栗やテラウチ」もある?栗園前を通過尊氏父子役は此処:コミセンに控えている馬の乗って出立する。例年以上に行列への参加者は多いと聞いていたが!!。今年はダンボール製甲冑製作にチャレンジされた4名(優先的に?参加資格あり)と指導に応られた黒井城甲冑隊の3-4名、柏原藩織田まつりにも時々!?参加されている播州法螺の会の皆さんが参加。
石龕寺惣門を入ると紅葉のトンネル<例年少し遅い…が>しかし武者行列も、少年武者・緋色の壺装束(旅装束)「市女笠に虫の垂れ衣」<合ってるかな?>姿で歩く少女達の姿が無くて拍子抜け。華やかで賑賑しくなる筈のパレードは寂しい限り。子供達は疲れるから…!!?と1.5km程先の休憩まで先に車で移動しているとか…!!。
三門(三門・仁王門)前で下馬・徒歩で毘沙門堂へ・尊氏役と石龕寺住職それでなくても”祭り”のメインは尊氏武者行列とおもっているが、長い行程に付いて行く見物客は少なく、石龕寺惣門(石柱)から三門(山門・仁王門)の間でカメラマン等が到着を待つ程度!!。本来付随して実施されている”農協まつり?”がお株を奪われ、長年続く折角の武者行列だが此の先ジリ貧の感…?
石段を登れば毘沙門堂:此処の紅葉は上からの俯瞰が素晴らしい…NHKの大河ドラマで太平記<平成3年放送>が放映された時は、主演俳優○氏が尊氏役で”祭り”に参加され、随分と盛上がりを見せていた筈だが…
茅葺屋根の民家も点在する石龕寺道の行程中には県指定史蹟の町石・栗作郷を彷彿させる栗林も目立つ。終端近くには大粒の丹波栗代名詞「てらうち」の栗園も。此処では足利父子ゆかりのて手打ち栗も植樹されているのだが…?、
散り紅葉の参道<正面の仁王門に国宝の金剛力士立像が収まる>
過去の石龕寺もみじまつり 関連ブログ ↓
2016年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/201611article_12.html
2015年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/201511article_12.html
2014年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/201411article_17.html
2013年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/201312article_24.html
2011年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/201111article_13.html
2010年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/201012article_5.html
2009年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/200911article_10.html
2007年 https://tanbakirinosato.seesaa.net/article/200711article_18.html
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