地蔵茶屋 丹波市

首切地蔵尊由来について現地案内板等に平安時代末期の寿永2年(1183)頃の事か…!?「宇治川の合戦にも敗れ…?(合戦は翌:寿永3年木曽義仲vs源頼朝が派兵した義経軍との源氏同志の戦い)」だが…。寿永2年:木曽義仲が倶利伽羅峠に平家軍を壊滅させ
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入京してきた為平家一門は六波羅を焼き・公卿やお姫様達が旧山陰道を丹波路に逃れ、首切地蔵尊にも平家落人伝説が残る。公卿や公家達?平家一門は此処より播磨へ越え摂津神戸の福原(平清盛の遷都)へ向かったか?。しかし寿永4年には須磨一の谷にも大敗し屋島・壇ノ浦に平家滅亡。
     パワースポット:地蔵公園から高山を望む
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首切り地蔵尊は首から上の願い事が叶うとされ、病気平癒や受験シーズンには合格祈願に訪れる参拝者が多く、参拝の都度・堂内や休憩所内でお茶(薬用のトウキやドクダミ茶…等)の接待を受ける。地蔵堂上部の広場には地下湧水が引かれ・延命水「現名称:地蔵令水」の取水場が設けられている。
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茶屋の以前の主人は35ー40年近く一人で茶屋を93ー4歳まで元気に務められたのも、霊験ありの延命水によるもの…と云う老女。。現在の地蔵茶屋は先代のおばあちゃんから引き継いでの2代目で4ー5年程になるご夫婦。話している間に奥さんのほうから「…の方ですか…」と気付かれた!!妹とは同学年の御近所さん。
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私や両親のこともよくご存知!!。御主人も自治会内同級生とは中学校のクラブで一緒の友達で・谷川X区に嫁がれ茶屋を引継がれている。ランチの一品には主人が釣ってくるという日本海側の海の幸が。今日はカワハギ揚げ。定食には美味しい饂飩付き山菜ごはん。御主人とは関わりのあった完全滅菌の工場から直接仕入れられる野菜類は新鮮・安全なので生でもOK…
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わさび菜のツナ・丹波黒…店内水槽のナガレホトケドジョウは:主人が此の谷で発見されたもので新聞の掲載記事(5-6年前)の切抜きが脇に添えられていた。一品ものにアマゴがあり養殖されている様だが、大水や日照り…時に留守等で失敗したことも…  悲運な最期を遂げた哀れ平家の公卿や姫達に手向けの花を…
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首切地蔵尊…関連HPやブログ 
首切地蔵尊秋色を求め地蔵の森へ隠れ紅葉の名所Ⅵ 首切地蔵尊


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