布引滝の竜宮城伝説 神戸山手
日光華厳の滝・紀州那智の滝とともに布引の滝は三大神滝と呼ばれ、古くから物語や詩歌に取り上げられ平安の昔から景勝の地として多くの人が訪れる。新幹線新神戸駅の北約100mに雌滝その上200mの所に雄滝2つの滝に挟まれる夫婦滝・鼓ヶ滝の4滝を併せて布引の滝といい雄滝は高さは43m・水は6段に折れながら滝壷に落ち・その段ごとに水がえぐった滝壺・甌穴がみえる。
布引の滝へⅠ:みなと見晴らし台から「風見鶏の館(うろこの家)」此処に乙姫様が棲み・龍神となって海へ出かけ・多くの船を守ったという。布引の滝が白く見えるのは乙姫様の着る衣が水に晒されているからだと云い多くの和歌に詠まれている。京都に住む貴族も旧山陽道を通って滝見物を楽しみに来ていたようで伊勢物語にもその様子が描かれる。
布引の滝へⅡ:新幹線新神戸駅裏の:布引ハーブ園とゴンドラ平重盛がこの滝を訪れた時、岩肌に掛けられた白布のような美しい滝に見とれていたが「誰か滝壷の底を探ってくる勇者はいないか」その時お伴の難波六郎経俊が名乗り出て紺の下帯一本に太刀を脇にかかえて飛び込み滝壷の底深く潜っていくと:水の底に大きな御殿が見えてきた。思い切って御殿の屋根の上に立つと不思議なことに腰から上は水の中・足の方は空中にある。
【布引の滝の滝壷】雌滝屋根根から御殿の庭に降りると庭には金や銀の砂が散らばり池には瑠璃や琥珀の橋が架かり・メノウや珊瑚の木が生えている。経俊の耳にカタカタという音が聞こえ音を頼りに建物に入り、ある部屋を開けると身の丈2m半もの大女が機(はた)を織っていた。”此処は布引の滝壷の底なる竜宮城じゃ・よく来たものじゃ”大女は叫び、経俊は驚き急いで庭に出て御殿の屋根に登り上空の水に飛び込んで力の限り泳ぎ始めた。
【布引の滝の滝壷】雄滝 ”おおっ経俊・底は如何であったか”経俊は見てきたことを話していると滝の辺りから生じた黒雲が上空を覆い・激しい雨が降り始め・雷もなり始めた”「竜宮に侵入した私を神様は打ち殺そうとしているのだ。私の近くにいては危ないぞ」黒雲は経俊の身体に巻きつきドーンと地響きがした。やがて空が晴れ始めると経俊の身体は裂け散ってベットリ血のついた彼の太刀が地面に落ちており、側に猫の足のようなものが落ちていたという。
【布引の滝】雌滝この他布引滝伝説には平清盛が滝見物にやって来た折・平治の乱(1159)で敗れた悪源太義平の亡霊が 雷鬼となって襲って来た為、家来の難波経房が立向ったが雷鳴と共に経房の身体は砕け散り後には刀が残った、その刀は経房を弔う為に建てた寺の釘に使われた話。滝の辺りに住んでいた娘が滝に打たれて修行を積み龍神となり、人々を苦しめる悪魔や妖怪を退治した為、大竜王と崇められ時には優しい弁財天の姿にもなり・船の航海の安全を守り・百姓の水を守り・商売を繁盛させました。
布引の滝】雌滝大竜王は時々この滝壷に帰ってきたが、その時はかつての、麗しい娘の姿に戻っており、 人々はこの滝壷を竜宮と呼び、娘のことを乙姫と、また滝の水の流れる様子が乙姫の着る白布の衣を岩に引っ掛けているように見えるので 布引の滝と呼ぶようになった話があります。大龍寺起源にまつわる和気清麻呂を救った蛇も、再度山の由来:弘法大師の航海を守った龍は神となった彼女の示現だったのでしょうか!! …「神戸の伝説」参考
布引の滝へⅠ:みなと見晴らし台から「風見鶏の館(うろこの家)」此処に乙姫様が棲み・龍神となって海へ出かけ・多くの船を守ったという。布引の滝が白く見えるのは乙姫様の着る衣が水に晒されているからだと云い多くの和歌に詠まれている。京都に住む貴族も旧山陽道を通って滝見物を楽しみに来ていたようで伊勢物語にもその様子が描かれる。
布引の滝へⅡ:新幹線新神戸駅裏の:布引ハーブ園とゴンドラ平重盛がこの滝を訪れた時、岩肌に掛けられた白布のような美しい滝に見とれていたが「誰か滝壷の底を探ってくる勇者はいないか」その時お伴の難波六郎経俊が名乗り出て紺の下帯一本に太刀を脇にかかえて飛び込み滝壷の底深く潜っていくと:水の底に大きな御殿が見えてきた。思い切って御殿の屋根の上に立つと不思議なことに腰から上は水の中・足の方は空中にある。
【布引の滝の滝壷】雌滝屋根根から御殿の庭に降りると庭には金や銀の砂が散らばり池には瑠璃や琥珀の橋が架かり・メノウや珊瑚の木が生えている。経俊の耳にカタカタという音が聞こえ音を頼りに建物に入り、ある部屋を開けると身の丈2m半もの大女が機(はた)を織っていた。”此処は布引の滝壷の底なる竜宮城じゃ・よく来たものじゃ”大女は叫び、経俊は驚き急いで庭に出て御殿の屋根に登り上空の水に飛び込んで力の限り泳ぎ始めた。
【布引の滝の滝壷】雄滝 ”おおっ経俊・底は如何であったか”経俊は見てきたことを話していると滝の辺りから生じた黒雲が上空を覆い・激しい雨が降り始め・雷もなり始めた”「竜宮に侵入した私を神様は打ち殺そうとしているのだ。私の近くにいては危ないぞ」黒雲は経俊の身体に巻きつきドーンと地響きがした。やがて空が晴れ始めると経俊の身体は裂け散ってベットリ血のついた彼の太刀が地面に落ちており、側に猫の足のようなものが落ちていたという。
【布引の滝】雌滝この他布引滝伝説には平清盛が滝見物にやって来た折・平治の乱(1159)で敗れた悪源太義平の亡霊が 雷鬼となって襲って来た為、家来の難波経房が立向ったが雷鳴と共に経房の身体は砕け散り後には刀が残った、その刀は経房を弔う為に建てた寺の釘に使われた話。滝の辺りに住んでいた娘が滝に打たれて修行を積み龍神となり、人々を苦しめる悪魔や妖怪を退治した為、大竜王と崇められ時には優しい弁財天の姿にもなり・船の航海の安全を守り・百姓の水を守り・商売を繁盛させました。
布引の滝】雌滝大竜王は時々この滝壷に帰ってきたが、その時はかつての、麗しい娘の姿に戻っており、 人々はこの滝壷を竜宮と呼び、娘のことを乙姫と、また滝の水の流れる様子が乙姫の着る白布の衣を岩に引っ掛けているように見えるので 布引の滝と呼ぶようになった話があります。大龍寺起源にまつわる和気清麻呂を救った蛇も、再度山の由来:弘法大師の航海を守った龍は神となった彼女の示現だったのでしょうか!! …「神戸の伝説」参考
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