春日神社の黒神馬絵馬 篠山市
午年にあたり年初は馬の伝説から…篠山城下散策の観光客で賑わう市内黒岡の二階町通りに面した鳥居を潜って春日神社に向かう。境内に入る直ぐ右手の絵馬堂に拾数枚の絵馬が掛かるが、市文化財指定の2枚のうち1つが黒神馬の絵馬で慶安2年(1649)篠山藩第三代藩主:松平忠国が明石に転封の際に春日神社へ奉納したもの。
江戸狩野派で知名度こそ低いが狩野探幽にも引けをとらない弟の狩野尚信(直信?1607-50)の筆になる。この馬が絵から抜け出して黒岡の畑の豆(西紀の川北と共に丹波黒大豆の産地)を食い荒らしたという伝説から、一時は此の絵馬だけには金網が張られていた名作。
春日神社は元旦に奉納される”能”翁舞・秋の大祭の本宮其のむかし:黒岡の百姓が田の畔に作っている豆が一夜のうちに喰い荒され「こんなところまでよもや猪が来る事もなかろう」と思っていたが次の日の夜もまた荒らされ、よく見ると畑に馬の足跡がついているので”ひょっとしたら・あの絵馬堂の馬が絵から抜けだし、豆を食いに出てきたものかもしれない”と思い、
春日神社能楽堂その絵馬に金網を張ったら不思議にもそれから豆を食い荒らすことがなかったという。絵馬に金網が張られていたことは事実で、今は金網も外され、新築された絵馬堂の中、中央に掲げられている。また春日神社の能楽堂では元旦:新年を迎えた早々:勿論国内でも最早に奉納される”能”翁舞の神事でも知られる
==昭和33年8月10日市指定文化財(篠山市教育委員会 現地案内板参照)==
江戸狩野派で知名度こそ低いが狩野探幽にも引けをとらない弟の狩野尚信(直信?1607-50)の筆になる。この馬が絵から抜け出して黒岡の畑の豆(西紀の川北と共に丹波黒大豆の産地)を食い荒らしたという伝説から、一時は此の絵馬だけには金網が張られていた名作。
春日神社は元旦に奉納される”能”翁舞・秋の大祭の本宮其のむかし:黒岡の百姓が田の畔に作っている豆が一夜のうちに喰い荒され「こんなところまでよもや猪が来る事もなかろう」と思っていたが次の日の夜もまた荒らされ、よく見ると畑に馬の足跡がついているので”ひょっとしたら・あの絵馬堂の馬が絵から抜けだし、豆を食いに出てきたものかもしれない”と思い、
春日神社能楽堂その絵馬に金網を張ったら不思議にもそれから豆を食い荒らすことがなかったという。絵馬に金網が張られていたことは事実で、今は金網も外され、新築された絵馬堂の中、中央に掲げられている。また春日神社の能楽堂では元旦:新年を迎えた早々:勿論国内でも最早に奉納される”能”翁舞の神事でも知られる
==昭和33年8月10日市指定文化財(篠山市教育委員会 現地案内板参照)==

この記事へのコメント