馬頭砦(仮称) 篠山市

干支の山(午)の山城に丹波市では馬背山城(高見城)を、篠山市に馬頭砦を挙げる。「丹波攻略」の明智光秀が天正6年(1578)多紀郡の八上城(波多野秀治)を攻略中に、氷上郡の黒井城(荻野直正)との連携を遮断するため築いた陣城「金山城」が大河ドラマ「麒麟がくる」により黒井城・八上城ともに整備され登山者も増えた様?。
          追入登山口から望む金山城
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園林寺跡から大乗寺(現在地は西山麓に移る)跡の広大な曲輪段を臨みながら馬頭(4等 502m)へは踏跡薄く荊木の多い藪尾根を匍匐前進して向かった…ルートも途中から大乗寺から?の林道に合流し分岐南尾根筋を馬頭に向かうと、南斜面の段曲輪下に着く。尤も金山城西の四ノ曲輪群から三つばかり瘤を越え直接「馬頭砦」への
           園林寺跡
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尾根通しも拓かれている…が山城フアンも此処まで入ってくる人は希かも?。Google Mapsに以前は「金山城二ノ曲輪跡(現:金山城南曲輪跡)」と記されるところだったか?。歌川(安藤)広重「六十余州名所図会」の鬼の架け橋や主郭部石垣や曲輪内の眺望・桜の名所でもある金山城から向かうのは外曲輪…? 
       旧園林寺住職墓石・右手に場内通路から街道に繋がる四ノ曲輪
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大手登山口から観音堂を経て鋸丸の大乗寺跡園林寺跡上部が小切丸…さらに平坦尾根が続く馬場…と陣城にしては広大な城域。単なる付城ではなく其の後も丹波国主として、本能寺の乱で頓挫はしたが:拡張・造成が続けられた希有な城だ。園林寺跡からの水平道は金山城三ノ曲輪跡(鐘ヶ坂峠を遮断し・主郭・西郭間の通路を
        広い平坦地が散存する!!が畑地?・墓所?・兵溜?等の曲輪群か?
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柏原側へ抜ける関所城として付け替えたものか?。主郭から竪土塁と竪堀が場内通路の此の鞍部から、さらに西向かいの尾根にも竪堀・竪土塁の急斜面を四ノ曲輪群!?の丘陵上へ続く。2001年金山城ー馬頭ー高畑山へ小縦走したときは棘木が多い藪で棘を避けて匍匐前進してやっと抜けた市境界も今は大乗寺からの林道が
          「馬頭」から高畑山への主尾根分岐を見下ろす
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上ってきてスッカリ様子が変わった。「馬頭」山頂手前に数段の曲輪を確認していたが未だ山城には関心も浅かった頃。金山城から眺望が効かない柏原町内を、僅か近距離の「馬頭」からは望まれる。波多野氏勢力下にあった多紀郡(篠山市)の嘗ての大山荘も一時期(天分末期ー永禄年中?の15年程)三好長慶・松永久秀らに占拠
        空堀状(土塁付き堀切か?)から「馬頭砦主郭」
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されていた時期がある。馬頭砦は殊に京都八木城の内藤・松永ら三好氏軍が度々侵攻していた氷上郡(丹波市)側を窺う市境の絶好の位置にある単郭の砦。史実を伝える古文書…等?を知らず今となっては旧金山城があったと推察する人などいないでしょうが、金山城の位置は明智光秀が黒井城・八上城の分断を図る陣城として、
         主曲輪北面の腰曲輪
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其の以前の旧城砦としても(三好氏・松永(内藤)氏や其の前後にも大山城の中澤氏(柏原下小倉を領している)・玉巻城(久下氏)・池谷主計屋敷(池谷主計=久下頼直:丹波守護代)が、尊氏に従った室町時代から天正の落城まで・同族以上の強い絆で連綿と繋がっており、要衝の国境にあっては緊密に連動する城砦だった?…が
          馬頭砦:北尾根続きの腰曲輪
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大規模改修・改変されたものではなかったか…。金山城の西出曲輪的存在の馬頭砦は明智光秀の大河ドラマ化で新に発見された?とされるものか!?…荊木の多い藪中を匍匐前進して此処に至ったが現麓の大乗寺から林道?が”馬頭”の南下近くまで延び、金山城からも山道が通じているのだが馬頭砦からの西尾根続き直近には
       金山城主郭西南面:6ー7mの大岩上に積まれた石垣
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上滝?から尾根筋に出る山道が通じ石仏があった。其の西尾根続き笹場から下小倉の大部谷城傍を通る山越えの道もあり、昭和期当初まで魚屋や郵便配送にも利用された篠場峠にも勿論石仏ある。延喜式山陰道の要衝に光秀が砦を築き、黒井城落城(天正7年)後も築造強化・改修が進められた地に、国境とはいえ其の前年
           追入砦:北尾根続きの堀切
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天正6年までの在地領主等による監視砦も無かったのかな?。R176号昭和のトンネル篠山側”追入”にも453m峰から大山川に流れ出る尾根先近くにも追入砦(仮称)がある。春日町国領へ越える瓶割(かめわり)峠への通行監視だったか?、荒れ崩れた数段の曲輪だが北尾根筋には堀切もあり包囲付城とも思えないが…!?

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