松ノ坂の甚五郎きつね 三田市
R176号四ッ辻(現:コンビニだが以前ファミレスとしてよく利用した味くらべ 寿侍路があった)から西へはJR相野に至り西北の老人養護施設の背後丘稜に穴口山城があり落城悲話「穴口城と姫塚」を先に紹介済みだが東には井ノ草(鳥山城)・
鳥山城(濠は圃場整備で旧状不明)東本庄(森本城)・国道を北へは峠を越えるとJR藍本駅も近く藍岡山城の低い小丘が見える。南へは直ぐ緩やかな”長坂”が続きJR広野駅附近へ下り武庫川に合流する。此の長坂にも幾つかの民話や伝承が残る。”長坂”には穴口城…等摂津三田諸城の攻略に出陣した羽柴(豊臣)秀吉の”槍立て松”の名がのこる…。
鳥山城の内掘伝承の”長坂の松ノ坂”が此の”槍立て松”に関連する地名かはしらないが…三田の民話をひとつ「甚五郎きつね」登場の狐らが棲んでいる所から松ノ坂を推定すれば:「長坂」信号交差点を北に入る地区道が武庫川を渡る手前付近か?。
井ノ草天満宮 長坂から井ノ草の鳥山城(井草城)・井ノ草天満宮(鳥山城主:中村広忠の創立)・武庫川沿い東には”化け比べ合戦の舞台か!?”東山八幡神社がある。天満宮から北へ「正明寺」横を抜ければ森本城(愛宕山城)を望み青野川沿い(青野渓谷・尼ン滝)三田母子から美濃坂峠を越え篠山市に入るR309号に出る。
森本城遠望(東向公民館附近から) むかし長坂の松ノ坂に「甚五郎」という雄狐・井ノ草の城が谷に「おさよ」・四ツ辻の千本には「こじろ」という雌狐が住んでいた。周辺の山々にも多くの狐が棲みついており、年に一度・稲荷大祭の夜には”松ノ坂”で化け比べ大会を行っておりおさよとこじろは年々腕を上げたが、どちらも長坂の甚五郎に心を寄せており
森本城:Ⅱ郭(副郭)の愛宕社と土塁反目するようになっていたので甚五郎は胸を痛めどうしたら仲直りさせられるだろうかと考えていたが、互いに相手の腕前を褒め合うことで仲直りさせる事が出来たという。未曾有の震災に突然逝った私の息子にも・嫌味や文句を言わず、もっともっと褒めてやっていれば…と改悟の念で一杯です
鳥山城(濠は圃場整備で旧状不明)東本庄(森本城)・国道を北へは峠を越えるとJR藍本駅も近く藍岡山城の低い小丘が見える。南へは直ぐ緩やかな”長坂”が続きJR広野駅附近へ下り武庫川に合流する。此の長坂にも幾つかの民話や伝承が残る。”長坂”には穴口城…等摂津三田諸城の攻略に出陣した羽柴(豊臣)秀吉の”槍立て松”の名がのこる…。
鳥山城の内掘伝承の”長坂の松ノ坂”が此の”槍立て松”に関連する地名かはしらないが…三田の民話をひとつ「甚五郎きつね」登場の狐らが棲んでいる所から松ノ坂を推定すれば:「長坂」信号交差点を北に入る地区道が武庫川を渡る手前付近か?。
井ノ草天満宮 長坂から井ノ草の鳥山城(井草城)・井ノ草天満宮(鳥山城主:中村広忠の創立)・武庫川沿い東には”化け比べ合戦の舞台か!?”東山八幡神社がある。天満宮から北へ「正明寺」横を抜ければ森本城(愛宕山城)を望み青野川沿い(青野渓谷・尼ン滝)三田母子から美濃坂峠を越え篠山市に入るR309号に出る。
森本城遠望(東向公民館附近から) むかし長坂の松ノ坂に「甚五郎」という雄狐・井ノ草の城が谷に「おさよ」・四ツ辻の千本には「こじろ」という雌狐が住んでいた。周辺の山々にも多くの狐が棲みついており、年に一度・稲荷大祭の夜には”松ノ坂”で化け比べ大会を行っておりおさよとこじろは年々腕を上げたが、どちらも長坂の甚五郎に心を寄せており
森本城:Ⅱ郭(副郭)の愛宕社と土塁反目するようになっていたので甚五郎は胸を痛めどうしたら仲直りさせられるだろうかと考えていたが、互いに相手の腕前を褒め合うことで仲直りさせる事が出来たという。未曾有の震災に突然逝った私の息子にも・嫌味や文句を言わず、もっともっと褒めてやっていれば…と改悟の念で一杯です
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